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月刊パークゴルフ新聞は、先週から二条市場の並びのビルに引っ越し、

発行元も㈱アンフルという会社に変わった。

私はいよいよ偉くなって今後は顧問になった。

仕事はニラミをきかせていればいいというが、逆にニラミ返されているようで身の置場がない。

これからなんて呼べばいいのという人がいるが、ただふつうに「エンドさん」でいいしょ。



札幌は住んでみたい都市の上位にランクされるらしい。

事実、東京で札幌からきたというだけで羨ましがられる。

そんな札幌へ転勤して約半世紀、好きで住み込んで20年になる。

先週末、札チョン共和国という単身赴任者のグループのパークゴルフ大会が

八剣山パークゴルフ場で行われた。

当日は大統領(会長)以下20数名が参加、女性も5名が花を添えた。

私も特別に仲間に入れてもらって、久しぶり全ホールを廻った。

スコアがどうのこうのより、ぶじホールアウトできたことがうれしい。

これから皆さんとプレーに励みたいと思っている。

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2014.09.22 東京の休日
今、東京に来ている。

久しぶり銀ブラを楽しんだ。

変わりようがない成熟した東京も、オリンピックに向けて寝て起きれば街が変わる。

昔は倉庫街だったかちどき橋一帯も今や華麗なる一族が楽しむ街に変貌した。

その東京へ、千葉で行われるパークゴルフ東京大会にやってきた。

年々パークゴルフを代表する一大イベントに成長し、今回の参加者はナ・ナント352名。

富山からも福島からも参加してきたが、福島の参加者がなぜかいちばん賑やかだったようだ。

競技は当然2部制で行われ、プレーもたいへんだったがインターバルの長いのもたいへんだった。

成績は昔から知っている川又秀幸・幸子さん夫妻が開会式で選手宣誓したかと思えば、

表彰式でも、2人そろって2連覇。

まさに川又夫妻のための大会となった。

ガンバレ向太陽クン、来月は得意の向太陽杯の優勝が待っている。

秋分の日は、ナント10年ぶりに多摩墓地で先祖の墓参りをする。

私は半分照れくさそうに手を合わせるだろう。
今年のパークゴルフのいちばん上手な人を決めるJALカップ全日本選手権が

節目の20回記念大会として、パークゴルフ発祥の地、十勝幕別町で開催された。

うちの新聞ができて今年10年、その倍の歴史に輝くわけだから、

プレーヤーにとっては憧れの甲子園みたいなものである。

今年も、我も我もと参加者はもうチョイで600名、

運営するだけでめまいがしそうである。

あまりに参加者が多いため、閉会式を待たずに会場をあとにした人も多いと聞く。

優勝は第1日目が終わった段階で男女とも地元勢で決まりと思われたが、

勝負は下駄を履くまでわからない。

2日目男子は白糠の選手にドンデン返し。このへんが2日間競技のおもしろさである。

私の知っている女性も参加したが、結果はお尻から数えた方が早い順位だった。

本人曰く「恥をかきに行ったようなものだった」というが、負けるが勝ち、

思い出に残る楽しい2日間だったようだ。

私はしばらく全日本選手権には用がなさそうである。

今週は十勝の幕別町で、「第20回JALカップ全日本選手権大会」が行われるとあって、

大いに盛り上がり、たくさんの優勝候補者が練習に来ているという。

先週末は幕別町の隣、更別で「第11回全日本パークゴルフinさらべつ」が行われた。

参加者は170名だが、知っている人は少なかった。

私が知らなくても向こうから話しかけてくる人がいるもんだが、それもなかった。

私は十勝には弱いようだ。

この大会は月刊パークゴルフ新聞ができた直後にできた大会で、

第1回からの縁は私にとって格別の思い入れがある。

更別を勉強し、町を案内してもらったことがある。

いわゆる村民が一体となってつくった大会で、

更別村は元気で住みやすい村としてPRに余念がない。

今回も多くの村のボランティアの人たちが大会を支えた。

ナンバーワンよりオンリーワンの精神は今なお色濃く残っている。

昨年は東京オリンピック開催決定、今年は全米オープンテニスで錦織選手が決勝進出など、

うれしいスポーツニュースと重なる大会でもある。


月刊パークゴルフ新聞創刊10周年ウィークも終わってドッと疲れが出たが、

この週末は佐藤農園パークゴルフ場のペアマッチ、北海道マラソンをみて気分はサイコー、

体調もバッチリだ。

この10年間を振り返るといろんなことが脳裏をかすめる。

祝賀パーティーで多土済々110名のゲストを前に感激で思わず涙が出そうだった。

月刊パークゴルフ新聞は、2004年呱々の声を上げた。

それこそナーンモないパークゴルフの知識の中からスタート。

人はいつまでつづくか、いつつぶれるかそんな声がしきりだった。

この10年間やってこれたことは自分がいちばんうれしい。

出席者から「あなたがいたから10年間やってこれた」なんて言われてみなよ、

殆んど冗談、ヨイショだとわかっていても悪い気はしない。

そして皆さんが私の体調のことを心配してくれた。

パーティーは一世一代の晴れ舞台だった。

もう二度とこんな輝きをもった一瞬はないだろう。

ひとつの時代が終わった気がする。ヤレヤレだ。

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