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さくらカップ


今年の「第16回さくらカップ」も、満開の桜の木の下でのお花見パークは叶わなかった。


「さくらカップに2日晴れなし」のジンクスは、風が強く寒くって破られることはなかったが、

雨が降らなかったのはもっけの幸いであった。


今年は、昨年の大震災による2年ぶりの再開と、加護坊パークゴルフ場開場20周年が重なり、

参加者は438名と盛り上がった。


北海道からは、私と一緒の9名と十勝からの参加者を含めた13名が出場した。


私は大会前夜の北海道、千葉県、宮城県の懇親会の挨拶の中で

「今回は、優勝を北海道に持ち帰る」と宣言?した。


その言葉通り幕別町の石田幸男さんがやってくれた。


第7回大会以来、史上男子3人目の夢が実現した。


道外で北海道の参加者が優勝することが、私に感動を与えてくれた。


石田さんに「おめでとう!」と握手を求めた。


私はうっすら目に涙が溢れた。


一緒にいた十勝の女性参加者も、自分のことのように喜んだ。


今回の大会は、私にとっても忘れられないものになりそうだ。
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「私たちパークゴルフをやっていなかったら、今ごろ何をやっているんだろうね」

と、そんな話を聞いたことがある。

人間とくに年をとったら、退屈がいちばんいけない。



私は、幸か不幸か、未だに現役で苦しんでいる。

よく皆さんから、いつも忙しそうですね、といわれるが、

ふだんは暇だから忙しいふりをしているだけ。

メンドーなことは、優秀?なスタッフが、ちゃんとやってくれる。

だからやることといえば、取材と称して各地をブラつくことぐらいだ。

イイ気なもんである。



かくいう、皆さんも忙しい。

ある人の手帳を見せてもらったら、パークの予定でびっしり。

入っている会も、ひとつやふたつじゃないし、

まして役員なんかやっていたら、

その多忙さは極まりない。

しかし、今日は東、明日は西とばかり、

その忙しさを楽しんでいるかのように見える。

その点でいえば、パークゴルフは、高齢化社会の健康と生きがいに、

その貢献度は計り知れないと改めて思った。

木のサイロPG場


先日、東日本パークゴルフ大会の始球式でクラブを握ったが、

4/8に今年初めてプレーした。

東北出身でもない私が所属する北海道みちのく会の例会だ。

前日は雪が降って当日は心配したが、コースの木のサイロPG場(写真)は、

周囲の雪も一掃されぬかるみひとつない絶好のコンディション。

シーズンを待ちわびた人たちで賑わった。



それにしても、なんで私はヘタなのだろう。

昨年は年間11回プレーしたが、その殆んどが不動のブービーメーカー。

この日もパープレー(いくつだったっけ?)を目標にした。

ゴルフでパーならまだしも、パークじゃ話にならない。

こんな私を「ホントにやればうまいんでしょ?」

と慰めてくれる人がいるが、それじゃふだんマジメにプレーしていないことになる。



でも今年は最低でも昨年以上プレーしたい。

ということは、仕事の手をぬかなければならない。

人は負けながら、強くなる。

負け惜しみだけは、あいかわらず達者である。

幼少の頃のワタクシ

東日本パークゴルフ大会を終え、札幌に戻った翌日の3月27日、生誕72歳を迎えた。

今やすっかりおジイの私にも、写真のようにかわいいときがあった。

なんとなく育ちのよさが偲ばれるでしょ。



この年になると自分の誕生日にも無頓着。

でも、今年は6回目の年男(辰年)なので覚えていた?

当日は、行きつけのスナックで、ささやかに祝杯を挙げた。



この間、「マーガレット・サッチャー」という映画を観てジワーッときた。

かつては鉄の女として11年半もの間、イギリスの首相を務めたサッチャーも

今や81歳。

軽い認知症を患い、孤独と苦悩の人生を送っている。

その圧巻の人生を思うとき、晩年は寂しい。

そんな彼女に映画は

「あなたは幸せな人生な人生でしたか」

と語りかける。



老後は、誰にもやってくる未来。

私は、私なりに今までまあまあの人生だ、と思っている。

バカでもいい。

これからはみんなと一緒にパークゴルフをやりたい。

うまく生きていくことはむずかしいものである。

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