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久米島から東京へ戻った。

その翌日、千葉県のエコパークゴルフ大木戸で行われた

第75回目の2002CLUB杯に参加させてもらった。

その開会式でいきなり退任の挨拶だから少々泡食った。

私はあいかわらずのプレーだったが、

一緒に廻ってくれた辻雪子さんが優勝してくれてよかった。

来年も参加させてもらおうと楽しみにしている。



帰札後、2年前に脳こうそくで倒れ、

再起に向けリハビリ中の木村俊嗣さんを定山渓病院に見舞った。

20年前、北海道に呼んでくれて、パークじゃないゴルフ雑誌「月刊シーザー」

と「月刊パークゴルフ新聞」を私のためにつくってくれた恩人なのに、

久しぶりの対面が退任の報告とは辛かった。

彼も病床にありながら「A戦場のマリア」という本を出版し、

そのめげない気持ちに私も勇気をもらった気がした。



スタッフへ挨拶し、退室した。

涙がにじむかと思ったが、なぜかシャンとしていた。



長い間、つまらないブログを読んでくれてありがとうございました。

退任に伴い今回をもって最終回といたします。

私はエッセイスト?として、今後も月刊パークゴルフ新聞紙面の

「風の吹くまま」を継続させていただきます。

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月刊パークゴルフ新聞のおかげで、日本中をほっつき歩きほとんどのパークゴルフ場へ行った。

これがこの10余年間私の自慢である。

ところが昨年、突如として沖縄の久米島に新しいコースが誕生し、

行かずに辞めるのもシャクだし、最後自分へのごほうびとして、

一人で最短の日程で久米島へ行った。

北海道では吹雪だ大雪だというのに、久米島まで来れば別世界。

札幌からだと丸一日、ちょっとした海外旅行だ。

その久米島でイーフビーチホテルの人と観光協会の局長と男同士3人で廻ったが、

やはりパートナーに女性がいた方がいい。

だからというわけじゃないが、身体の調子が悪く途中リタイア。

しかし、夜の民謡酒場で踊ったら元気が出た。

最近ない頭を使うと肩が凝り、首筋が痛くなる。

そのうちぶっ倒れるんじゃないかと自分でも心配だ。



翌日、360度海に囲まれた真っ白な砂浜のハテの浜に行き、

久米島の最高の思い出ができた。

そのあと沖縄を経由して東京へ行った。(来週へつづく)

先週末は雪の中を旭川のスリードームのオープン記念大会に参加した。

しかし、月刊パークゴルフ新聞杯を10年も主催して、まだ一回もプレーしたことがない。

参加するのはいいが不安と緊張でコチコチ。

いきなり本番じゃパークにならないと思い、前日練習ラウンドに励んだ。

一緒に回ってくれたのは、あの川瀬仁さん(名前出しちゃっていいのかな)。

今年43歳、パークでは若手のホープである。

そんな凄い人と回って緊張もしたがラッキーだった。

彼のコーチを受けながら、後半明日への自信が少し見えてきた。

そして大会当日、参加する私をみんなが怪訝な顔をして

「プレーするんですか」と問いかけてくる。

誰も見ちゃいないがなんとなく意識する。

しかし、今日はパートナーにめぐまれた。

で、肝心の成績の方は?それは聞かぬが花。

恥をかきにきたようなものだが、その恥がこれから私を強くする。

旭川の人って幸せだよな、こんな近くに冬でもパークのできるところがあるんだから。
根雪になるまでとことん頑張りま~す、と言っていた北海道の各コースも、

今シーズンの営業をほぼ終了した。

私も今月号のパークゴルフ新聞や前回のこのブログで"御役御免"を表明して

気持ちはラクになったがすっかりやることがなくなった。

しかし、まだまだ意気軒昂、もう一旗上げる?べく、

パソコンをマスターしようと教室に通っているが、やればやるほどぐちゃぐちゃになる。

わからないことがわからないだから手間がかかる。

私には向いていないのかもしれない。



先週はススキノであの人とあの人とあの人の4人で、

ちょいと早い忘年会をかねて私の"ご苦労さん会"を開いてくれた。

名前を言えば誰でも知っているそうそうたる有名人たちだ。

こういう会はノッた者勝ち。

次第に声もでっかくなる。

私の今後のことを心配してくれた。

それが嬉しかった。

二次会のラストにガラでもない唄を歌って、一人で勝手にジーンとした。

これからも頑張らなくちゃね。

本日発行の月刊パークゴルフ新聞12月号の「風の吹くまま」の中で、

来月20日をもって現役引退に触れたが、ファイターズの稲葉選手じゃあるまいし、

私の引退なんぞ惜しむ人はいない。

だけど「風の吹くまま」は結構人気?があって、

来年以降ももうチョイ続投することになった。

いつまで続くかは編集長のご機嫌しだいだ。



先週、北海道放送(HBC)の偉い人と会食した。

その人が北海道放送に入った頃からの知り合いだからもう40年近くなる。

ふだんは会うことはないが、今春HBC講座の折、

バッタリ懐かしのご対面。

その人から急に電話があった。

私が辞めるのを誰かに聞いたのかと思った。

しかし、話はどうもそうではないらしい。

久しぶりとあってとめどもない話をし合った。

私はタイミングを見計らって実は私・・・と話を切り出した。

その人はおどろきながらも、最後に

「長い間ご苦労さまでした」

とさりげない言葉をかけてくれた。

やけに温かいものを感じた。

これから何回この言葉をかけられるのだろう。

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